投資から投機へ。投機ビジネスの可能性。なんて書いてるけど、タダのバカな俺

ドルは利食いして、最大約1.7円の利食い、(平均 156.5pips)
まぁまぁ抜けたが、なにぶん買った量が少なかったので、儲けは大したことない。
だいたい、こんなもんだろう。

しかし、俺は人生でいったい何をしたいんだろうね。
金を儲けたいのか、
なにか経済学の亜種で何かしたいのか?

いまのところ、そのどちらでもない。
投機で金を儲けたいのなら、例えば、まともな仕事をして、資金を貯め、
勝っている投資家との人脈を築いたり、そういう努力をした方が早いだろう。
証券会社などに入ることはできないし。

学問として探求するなら、経済学をするなり、それなりの方法がある。

所詮、自己満足な独りよがりで終わるのかもしれない。

今までわかった事。

不況時に現物株を買い、好景気になったときに、売れば大きな間違いはない。
為替も、同じように考えてよい。
ただし、ドル円でいえば、100円以下になったときに、超円高と言われたが、
いまでは、100円以下が当たり前になっている。
なので、大きな経済のトレンドを有る程度は考えなければならない。
これは株でも同じで、安全だと思って、東電やJALなんか買っていたら今頃最悪。

為替でいえば、「歴史的安値」とか、騒いでいるあたりまで待つほうが無難だ。
株なら、日経平均やトピックス連動の投資信託なら安全で、分配金も出る。

これさえ怖いなら、ドルコスト平均法といって、毎月一定額を金融商品に積み立てる方法がある。
野村などの証券会社の「るいとう」を使うと便利だ。

これはバカ高い値段のときも、バカの一つ覚えみたいに買うのか? という問題はあるが、まず負けない。
注意点としては、やはり破産しそうなボロ株に注意するということと、
長期的に下がっていく物。
日経平均も右肩下がりではあるが....。
ただ、好景気のときには、十分に利食いできる場所はあるだろうし、なにしろ配当がある。


以上は、長期投資に分類されることである。
長期投資にも難しさはあり、例えば、トヨタ自動車を上場当時から買っていて、
ときどき増資払い込みに応じていれば、いまごろ大金持ちである。
このような投資は、企業や経済を見る目がないと難しい。
なぜなら、戦後の自動車株は非常に投機的であった上、経済も不安定だったからだ。

だが、このような大当たりはせずとも、比較的安全な方法で投資する方法はあるということだ。
実際、長期投資というと難しいことばかり言われるが、そんなことはないと思う。


次に、投機について。
何故、投機をしたいのか、これについては、人によって事情があると思う。
私が気に入っているのは、平等性と拡張性である。
平等性というのは、年齢、性別、コミュ力?、等々に関係がなく儲けられる可能性があるということだ。
ただし、先に書いたように、(だまされない限り)他の投資家と知り合いになったり、そういった俗人的能力も生かせるのではあるが。

間違っているかもしれないが、
テクニカルだけで勝つ自身があまりない。
どうしても、計算だけに頼る手法に不安がある。

ファンダメンタルズは非常に大事だと思っている。
ただし、材料の折込済みといって、
良いニュースであっても、そのニュースの発表を見越して買われていた場合、売られることがある。
その見極めがつけばよい。

それと、なんか変な倫理観を相場に持ち込まないことが大事だと最近は思っている。
つまり、テクニカル分析で買いに出た人がいるとわかったら、
そいつの損切りにあわせて売り浴びせる。
うーむ。戦前の商品などの買占め作戦なら、仲間を裏切るのはやっちゃいけない手だが、
実需筋から、個人、機関投資家、外人のヘッジファンドまで入り乱れる環境では、
悠長なことはいっていられないのだと思う。

テクニカルは、本来区切りがないものに、区切りをつける行為だと思っている。
世界を人間がどう把握するか。それが完全に解ったとして、デカルトではないが、今感じている物はなんなのだろうか。
いつ、無生物、無意識なものが「これ」に変わるのか。

世界が存在して、それを人間が認識して、いろいろと考える。
それは、世界そのものではない。

少なくとも、いろいろと考えたものが、世界を動かしているという、
一方通行ではありえないと思う。

関係ないかもしれないが、
運動があるのか、いろいろな位置があるのか、ということを真剣に考えたことがある。

「ある」というのは、考えて見れば、大変なことでうっかりいえないんだと思う。

何かが「ある」もしくは、何か認識できる対象というのは、
フォーマットがないと認識できない。
光さえも影がないと認識できない。

世界はそのものである。
だから、世界そのものは認識しようにもできない。
なんか胡散臭くなってきたからやめよう。

とにかく、実需筋であれ、テクニカルであれ、カウンターテクニカルであれ、
何らかの節目がないと売買できないのである。

そして、われわれが売買を仕掛けて利食いするというのは、大変である。
買う場合、だれも安い値段では売ってくれない。
なので、この値段なら売ってやる、という要求に応じることになる。

つまり、高値買いである。
そして、自分が売る番になるのであるが、
高い値段では売れないので、すぐに売ると損をする。

しばらく時間がたって、何故か、
この値段でも是非買いたい、と相手が高値を買いたいという状況にならないといけない。

常識で考えても、そんな奇妙な話である。
それだけに難しいといえる。

なんらかの理由で、買いたい人がなぜか後から出てくるのである。

しかも、そんな買いたい人がたくさん出てくる位だから、自分も売りたくなくなるのである。

だが、この理屈を冷静に考えて見ると、その、後から買いたいといいだした人が利食いできるようになるには、
さらに、あとから買いたいという人がでてこないといけない。

自分が儲けるのが難しいように、他人が儲けるのも難しいとせねばならない。



もしくは、自らがこの値段で買います、と実勢より安い、だれも売ってくれない価格を提示し、
相手がそれでもいいや、と言って手を打ってくれる場合も考えられる。

この場合は、暴落していると考えられる。

この状態では、売りは商品を売って、現金にして安泰なのに対して、(少なくともリスクの拡大は防いだことになる)、
買い手は、商品を抱えてリスクを負ったことになる。
(投機の新規売りは考えないこととする)

まるで熱々のおでんやジャガイモを投げ合っている状態である。

それが、なぜか、私にくださいと、言っている人にうることになる。

逆に言うと、熱々のジャガイモを受け取らないと、万が一それが必要になった人に渡すことができないということになる。


結局、株も為替も、マネーゲームであり、なんの遠慮もいらないのである。

月足チャートで、下げ相場を見ると、天井から、ものすごい勢いで下落する。
これは、売らなければならないひとが、投げ売りしているのであるが、
底付近になると、突然上げて、だらだら下がるというパターンも出てくる。
これは、安いから売りたくないのである。
持っていたらあがるかもしれないが、とことん景気が悪くて、
なかには、ものすごい下値を予測するエコノミストまで出てくる始末。
それで、面倒くさくなるか、老後の生活費とか、事情があって、安値でも換金してくる。
ただし、そういった事情は少ないので、売りも少ないのである。
売りは少ないが、買う方も、景気が悪いと思っているので、買えない。
実際金がないケースもある。

これは割合に、まともなケースだが、短期で見ると、
投機筋が、ポジションを閉じなければならないので、いくらでもいいから買ってくれと言ってくる場合がある。
これなどは、単なる損益とか、そういった原因である。

相場には、必ずこうなる、といったパターンはなく、
確率を使う手法は、前提条件の設定が難しいので、限界がある。

と、いっても、損切りの2倍を利食い目標として、勝率何割、年何回の取引、など
情勢を読みながら、機械的に売買しているのが実情だと思う。

いくつかの信頼できるパターンは必ずある。
群集心理で、一つの出口に人が殺到したら、どうなるか、というようなものである。

そこで、次は数学でも心理学でもなく、「国語力」である。

要人発言や、ニュースなどをどのように解釈していくか。

あぁ、神様、私にもう少し時間をください。